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■平田篤胤「仙境異聞」(4)

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赤絹糸にて編む 水を清ます物の図   ○問ふて云はく、「正月元日に神事、また祝事、門松立つる事などは無きか」 寅吉云はく、「大晦日より元日へかけて、其の時の食物を供じて、年の神を祭り、門松と云ふは無けれど、山に生ひ立ちたる松の木に食物にても何にても、供物を奉り拝し祈る事あり」  ○問ふて云はく、「山人たちも盃事して祝ふ事も有りや」 寅吉云はく、「他山の事は知らず、我が山にては師を始め随従の人々も決して酒を呑む事なし。酒は人の心を蕩 (とろ) かして行ひを損なふ物なりと師の常に示さるゝなり。然れど正月二日には酒宴あり。 「瓠に酒を入れまた瓠を盃また膳などに作る」 皆集まりて土器に酒をつぎ昆布を肴に為て少しづつ飲む事なり。さて此の時弓の射初め蟇目 (ひきめ) の舞ありて各々舞ふなり」 ○問ふて云はく、「五月の節句の祝はいかに、菖蒲などを用ひざるか。又幟に 似たる事はなきか」 寅吉云はく、「五月の節句は、天王祭とて須佐之男命 (すさのおのみこと) を祭る。此は悪魔除けなりとぞ。供物は常に異 (かわ) る事なし。さて此の日必ず剣改めと云ふ事あり。其は拵ひを皆とり外して、磨きをする事なり」 ○問ふて云はく、「蟇目の舞の時に、如何様なる装束する事ぞ。また弓矢は、 いか様なるを用ふるぞ」 寅吉云はく、「色は萌黄、また花色にても何にても、モジ (綟) の様なる肩衣の如くにて、なほ肩広く袖なき物を着し、蠏目霰 (かにめあられ) (地) の括 (くく) り袴を着し、木にて作れる図の如き物を冠る。弓は桑木のまゝ木弓にて、萩の矢に羽は雉子の羽を三羽はきて、二の手を左の腰にさして、式をなしつゝ舞ひ、四角に向かひエイヤアエイヤアエイヤアと、高く声をかけて射放つなり」 冠り物の図                 ○国友能当問ふて云はく、「或人の付託なり。中風、撈瘵 (ろうさい) 、嗝噎 (かくえつ) 、癩病など云ふ病どもは、医書にも不治の症なりと云ふを、いか で治する薬は有るまじきかとの事なりいかが」 寅吉云はく、「中風には梅の木の茸を黒焼きにして用ひ、撈瘵には守宮 (やもり) を雌雄別に黒焼きに為て、当人にそれと知らせず、何にても入れて用ふべし。嗝噎には鶴の活き肝よろしく、癩病をば綿に焼酎をしめし、火を付けて燃やしつゝ幾度もたゝく時は治するとぞ」 ○或人問

■平田篤胤・「仙境異聞」(3)

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    仙境異聞 (上)  二之巻         平 田 篤 胤  筆 記  ○予寅吉に始めて逢ひける時、その脈を診、また腹をも察 (み) たりけるに、何    やらむ懐に紐の附きたる物あるを、大切にする状 (さま) なり。守袋なるべく思   ひて在りけるに、其の後もをりをり懐の透き間より其の紐の見ゆるが、或とき   取落したるを見れば、黒き木綿のさい手を畳みたる物の如し。「其は何ぞ。い   とも大切なる物と見ゆるは」と云へば、 寅吉云はく、「此は古呂明の頭巾なるが、下山の時に此を授けて、『汝しばらく人間 (じんかん) に出づる故に、我が多年冠れる頭巾を与ふ、寒風の節こを冠れば、邪気に当る事なからむ』と、授けられたる故に、今日まで大切に肌を放つこと無かりしなり」   とて取出でたるを見れば、俗に山岡頭巾といふ物にて、いと古び油つきて見ゆ   る故に、「髪に油を付けて結はざる人の頭巾に、油の附きたること合点ゆかず。 偖 (さて) また此れと異なる頭巾は無きか」と問へば、 寅吉云はく、「此は髪の油に非ず。総身の精気の上りて凝 (こ) りしみたるなり。凡て精気は滝にうたるれば、一旦は下がれども、下がり切 (つめ) てはまた上り、上りてはまた下がるなり。上達の人ほど、上る精気強し。夫故 (それゆえ) に此の頭巾は我等ごとき未練の者の、邪気除 (よ) けともなるなり。偖また水行の時は、必ず手巾か何ぞ頭の真中に当て冠らでは、寒気を引込むものなり。偖外に此の世に見ざる頭巾は、寒気の時冠る芒 (すすき) の穂にて作れる、図の如き頭巾あり」  (引用者注:岩波文庫本には頭巾の図なし。) ○問ふて云はく、「杖は神世より由ある物にて、神にも奉り、古き神楽の歌に   も、『此の杖は我がには非ず山人の、千歳を祈り切れる御杖ぞ』とも有りて、   山人も杖をば止事 (やごと) なき物にして、祝言 (のりとごと) しつゝ切るにやと思   ふを、いかに杖は用ひざるか」 寅吉云はく、「杖は朴の木にて、棒の如く太く作る。竹の杖もあり。然れど杖を力にして歩行すると云ふ事には非ず。さて杖を切るに祝言あるか其は知らず」 ○問ふて云はく、「山人たち螺貝 (ほらがい) を吹く事は無きか」 寅吉云はく、「彼方にては用ふる事なし。然れど山伏の貝を吹く事は、魑魅、妖魔を除 (さ)