■現代語訳:霊の真柱(第八図)

平田国学の宇宙生成論!!
第 八 図
(天照大神・スサノヲノカミ)
 「古の伝えに曰わく、ここにイザナギノミコトは「我れは、なんともひどくよごれた穢らわ しい国に行ってしまったことよ。それゆえに、われはこの身の禊ぎをせねばならぬ」と言わ れた。云々・・・。

日向の橘の小門の阿波の原にお出ましになり、禊ぎ払いをなされました。云々・・・。中 のあたりの瀬に降り、水の中に潜って身を洗いすすがれました。その時成れる神の名はヤソ マガツヒノカミ、次にオオマガツヒノカミです。このお二方は、その穢れ繁き国に至った時 の汚れた垢から成り出た神です。
云々・・・。次に、その身に付いた禍を直そうとして成り 出た神の名は、カムナホビノカミ、次にオホナオビノカミ、云々・・・。

さて禊ぎの後に、左の御目を洗いたもうた時に成り出た神の名は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、またの御 名はアマテラスオオヒルメノミコト。次に、右の御目を洗いたもうた時に成り出た神の名は、ツクヨミノミコト又の名はタケハヤスサノオノミコトです。

この時、イザナギノミコトはいたく喜んで「我れは、子を生み生みて、生みの果てに二柱 の貴い子を得たことよ」と申されました。その天照大御神は御身から明るい光が輝いて、世 界中を照りとおした。イザナギノミコトは喜んで「我が子はたくさんいるけれども、まだこ んな霊妙な子はなかった。長く地にとどめてはいけない」と申されて、すぐさま、うなじに 掛けた首飾りをはずし、その玉を貫いた緒ゆらゆらと取りゆらかしながら天照大御神に向か って「そなたは高天の原を治めたまえ」と仰せになり、すべてのことを委ねて首飾りを授け られました。この時、天と地はまだそんなに遠ざかってはいなかった。それで天の御柱によ って天上に送り上げられました。云々・・・。

次に、タケハヤスサノヲノミコトに仰せられた。「そなたは、潮が八百に重なる青海原を治 めよ」委ねられました。 ここにハヤスサノヲノミコトだけは、委ねられた国を治めようとはせずに、云々・・・。
哭きわめいて云々・・・。

そこで、イザナギノ大御神は
「いかなる訳があって、汝は我がことを委ねた海原を治めもせずに、哭きさわいでいるの か」と問うったのです。
するとハヤスサノヲは答えて、「私は母の国である根の堅州の国に行かんことを願っているのです。だからこうして哭いて いるのです」

それを聞いたイザナギノ大御神は、ひどくお怒りになって、「そうであるならば、汝は、この国に住むことはならぬぞ。思うがままに根の国に行くがよ い」と申されました。

ここでスサノヲノミコトは「しからば、天照大御神さまに訳を申し上げてからおいとまし たい」と願い、許しを得て天に昇って行った。
イザナギノ大御神はここにすでに功をなしとげ、その威徳も大きかった。そこで天に登っ て報告し、日少宮(ワカミヤ)に留まり住まわれました。

  第八図
























●マガツヒノカミ、ナオビノカミは(『古史或問』で詳しく述べているとおり)、天照大御神、スサノヲノミコト荒魂(あらみたま:荒く猛き神霊和魂 (にぎみたま:柔和な徳を備えた神霊)の神であります。その和魂(にぎみた
ま) であるナオビノカミ天照大御神についておられ、荒魂(あらみたま) であるマガツヒノカミハヤスサノヲノミコトについておられる霊妙な謂われがあります。従ってその道理にしたがって図に著しております。

(次の図の下に挙げた岩屋戸(いわやど)のくだりに、ハヤスサノヲノミコトは、マガツヒノカミがつきそうために荒ぶるのだが、大御神が見直し聞き直し給うのを見て、己の言動が揺るぎない道理でないことをお悟りください)

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さて、この二柱の神のお生まれになった謂われは、イザナギノミコトが黄泉の国の大変に穢ない有様を見て不快感をいだき、そのふれられた穢れをすみやかにお払いし捨てようと、強く思われ、御身体から穢れを払い出るしるしとして、入られている御霊の最初にマガツヒノカミがおられるのです。故にこの神は穢れ事を大変に憎まれて、穢れがあれば荒ぶるのです。

(それは、イザナギ・イザナミの二柱の神が、神々をお生みになられたことをよく調べると、すべて大御霊をひたすらに想念されたもうた時に神々はお生まれになったのです。そのお生まれになった神々はそれぞれその事に幸せをもたらしております。そのことを一つ二つ申せば、国の霧を払わんと御心凝らせば、風の神がお生まれになる。また女神が亡くなられたことに嘆かれたそのお涙からお生まれになったナキサハメノカミが、この世の人が亡くなるとき、あの世に去らせないように幸いをたまうことなどで、この道理をお悟りください。

 師の翁の説に、 「マガツヒノカミは黄泉の国の穢れによって生まれたために、火に穢れがあれば、この神はところを得て荒ぶるために、萬の災禍がおこるのだ」とありますが、未だに詳しくはわかりません。ところを得てではありません。イザナギノミコトの穢れを憎む御霊によってお生まれになった神ですから、穢れがあれば怒り荒ぶれて、道理に合わない悪事さえなされるのを、穢れたる事がなければ、荒ぶることもなく、幸いをさえたまうのです。この神をひたすらに悪い邪な神とのみ思うのは、あなかしこ大変な間違いです。第九図の下に挙げたスサノヲノミコトの荒ぶるところに、それを証明ものがあります。合わせてお考え下さい)

さて、イザナギノ大神は、あの穢れを払ってマガツヒノカミお生みになったものの、そマガツヒノカミは荒ぶる神であって、その御心にふさわしくないと思い召すことがあった。すぐに怒り荒ぶるため、大変に国土に禍を与える神であるために、そこをはばかり思われて、そのマガツヒノカミの荒ぶる災いを直そうと強く思われる大御心で、ナオビノカミをお生みになったのです。
(それは、イザナミノカミが、火之神の荒びを鎮めるために、土の神、水の神をお生みになったゆかりを合わせて考え、その道理をおさ取りください)

従って、この神は世にある禍いを直して、めでたい方向善い方向に和みかえす神であります。さてこの二柱の神の御霊は正体は、天と黄泉に分かれていても、この国土に霊幸いますこと、風火の所として至らないところがないと同じです。故に世には吉のことに凶のことがかしずき、凶のことに吉のことがかしづいているのです。それは国土のみならず、神も人も各々それぞれに、この二柱の神の御霊(みたま)は給わっているのです。
これは神も人も、その基は国生みなされた二柱の神の御霊によって生まれ出たものだから、そのような道理なのです)

 故人として、穢い事悪い事を憎み怒らない人はない。怒っては荒ぶる事をも為すこともある。これはマガツヒノカミの御霊をいただいているからです。しかるに、その悪み怒る心を和め、忍んで思い改めるのはナオビノカミの御霊を給わればこそです。しかるにそれを思い改めないで、荒ぶることを更に進みゆくのを、マガツヒノカミの禍事に、相交じり、相口合わすと言うのです。
(大殿祭の祝詞は、屋船の神を称える言葉である、云々・・・。「コトホギ鎮めまつることの 漏れ落ちことをば カムナオビノミコト オオナオビノミコト 聞きなおし見なおして」と言ってあることをよくよく考えて下さい。これは各々神々にも、漏れ落ちたことを怒りたまうマガツヒの御霊もあり、またそれを聞き直し見直したまうナオビの御霊もあるので、このように言うのです。これに準じて人も各々そのようにあるのが道理でお悟り下さい。師の説は未だに詳しくはわからず、誤って説かれることもあります)

但し、この二柱の神の御霊は、例えば車に両輪があるように、人ごとに誰もがなくては存在できない御霊です。霊妙な謂われがあることは『古史伝』で申します。

●高天原とは、則ち天なる御国を言います。(それは『古事記伝』に詳しく述べてあるように。)
さて、天照大御神は、イザナギノ大神の「神事のサカキ」「伊豆の御霊」としてお生まれになり、そのお体はまことに光り輝き、天地の裏まで照り徹りなされたために、父イザナギノ大小御神のお心に、天の澄み明るい御国にふさわしいと思われたので、その君と定められたのです。

(第三、第四の図に挙げてあるように、高天原には五柱の天ッ神がおられます。またこの時よりイザナギノミコトもおられますが、『考』にも述べてあるように、その高天原をお治めになる君たる神は、ただ天照大御神である、ただし君でないからとして、他の神々を臣として思うのは中国(唐)風の考えである。君でないといっても臣ではない、皆すべて貴い神々でございます。)

 その首飾りを給わったことは、イザナギノ大神が、既に国生みを終えられました。その国土に幸いを坐す神々をお生みになった。その生むことの最後に、この天照大御神をお生みになったので、その御功績を立てたことをお喜びになられて、これより後は世に霊幸いたまう御功徳を、すべて天照御大神にお譲りたまう御璽(みしるし)に、その首飾りを給わったのです。
(日の少宮に留まっていても、そのようであると思われるのです)

その玉の緒をゆらゆらと振られたのは、天照大御神の寿命が長く天にあられますようにと、お祝いされての御しわざなのです。









jundoのヤタの図


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